As We May Think
初出
Atlantic Monthly, 176(1), pp.101-108, 1945
Life, 19(11), pp.112-124
英文
日本語訳
われわれが思考するがごとく(西垣 通「思想としてのパソコン」1997 年、65‒89ページ)
考えてみるに(山形浩生訳、2013年)
Further Reading
Bush, Vannevar. Endless Horizens Washington, D.C.: Public Affairs Press, 1946.
Edwards, Paul N. The Closed World: Computers and the Politics of Discourse in Cold War America. Cambridge: MIT Press, 1996.
Nyce, James and Paul Kahn. From Memex to Hypertext: Vannever Bush and the Mind's Machine. New York: Academic Press, 1991
Zachary, G. Pascal. Endress Frontier. New York: Free Press, 1997.
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Introduction
1945年、Vannevar Bush(ヴァネヴァー・ブッシュ)は、人間の記憶の連想を応用した情報検索システムである「Memex(メメックス)」を提唱した。これは増え続ける情報のなかで、溢れかえる知識に埋もれてしまうことを回避する手段として思い描かれた。リンクによって情報をひも付けておくことで、今までにないような情報操作環境を作ることを可能になるというビジョンを描かれたのだ。メメックスの考え方は、のちにハイパーテキストの概念に結びついたと言われている。 本論
第二次世界大戦は科学者だけでなく、全員が参加しそれぞれの役割を担った戦争だった。戦争の終結が見えてきた当時、科学者たちは次になすべきことは何なのか。
1. 増え続ける情報を活用するために機械化する
科学のおかげで個人同士のコミュニケーションは高速に行えるようになった。アイデアを記録することも可能となり、またその記録を操作したり抜き出したりできるようになったので、人類が続く限り、知識を保ち進化発展させることが可能となった。
人類の研究結果は山のように積み上がりつつある。しかし、専門分化が進むにつれ、それに押しつぶされつつあることははっきりしてきた。研究者は他の人々による膨大な発見や研究結果を前にたじろいでいる。それらの結果を把握したり、まして記憶する時間的余裕もない。だが人類の進歩のためにはますます専門分化が必要になるし、異なる分野のあいだに橋を架けようと努めてもとても及ばない。
問題なのは、現在の我々の興味が広がり多様化して、出版物が過剰になったことではない。むしろ、出版物が溢れかえり、我々が記録を活用する能力をはるかに超えてきたことだろう。
しかし、いま強力で新しい機器が使えるという変化の兆しが見えてきている。科学的な記録方式に革新をもたらすたくさんの補助機器が存在するのだ。
そのような機器はかつては経済的、技術的に大量生産が難しかった。しかし、非常に信頼性が高く、安価で複雑な装置が誰にでも手に入る時代がやってきたのだ。ここからなにが出現するだろうか。
2. 視覚的情報を記録する方法の発達
記録というものが科学に役立つためには、絶え間なく拡張し、保存し、そして何よりも参照されなばならない。現在、我々は従来同様に、書いたり写真を撮ったりし、それを印刷することで記録を作成している。だがそれだけでなく、フィルム、レコード盤、磁気ワイヤの上にも記録している。たとえ、今後において斬新な記録方式が誕生しなくても、現在の記録方式は確実に改良され、拡大しつつあるのだ。
実際に、写真技術の進歩は留まることを知らない。額の上にクルミより小さいカメラを載せる。そのカメラで、のちに映写されたり拡大されたいする3ミリ四方の写真が撮影される。シャッターを切るための紐は、容易く指で扱えるところまで袖の中に伸びており、握り締めれば撮影できるのだ。まだまだ技術的に難しいこともあるが、現在の延長線上に実現される未来は必ず訪れるだろう。
記録のサイズを縮め、直接見るのではなく、プロジェクタに写して眺めるという方法も可能性がある。光学的な映写と写真技術的な縮小化との組み合わせは、すでに学術的なマイクロフィルムで成果を上げており、潜在的可能性の示唆するところは大きい。フィルムの縮小についても、いま急速に改善されつつある。フィルムについても将来、100分の1の縮小が可能だと仮定すれば、ブリタニカ百科事典もマッチ箱サイズにまで縮小できるだろう。100万冊の蔵書も机の片隅に圧縮してしまえるだろう。
コストの面からも、フィルムの圧縮は重要である。ブリタニカ百科事典のマイクロフィルムの値段は5セントで、それをどこにでも1セントで送ることができるだろう。では、オリジナルはどうやってつくるのか?
3. 機械による音声認識と言語や計算への変換
記録を作成するためには、鉛筆で書くか、タイプライタを打つ。それからか推敲と修正の段階があり、植字、印刷、配布という複雑な手順が続く。この最初の段階に関して、将来のライターは手書きやタイプをやめて、記録媒体に直接話しかけるようになるだろう。活字記録について、全ての要素はすでに揃っている。
では、どのように音声を言語に変換するのだろうか。未来の研究者の姿を描き出してみよう。研究者は手ぶらで、コードにつながれてもいない。研究室内を動き回り観察しながら、写真を撮り、注釈を述べる。写真と注釈とを結合するために時刻が自動的に記録される。野外調査に行く時には、研究者は無線で記録装置と連絡がとれる。撮ったメモについて考えを巡らすときには、再び記録装置に話しかける。タイプされた記録と写真はともに縮小可能なので眺める際には映写して拡大する。
しかし、これらの作業には多くの手順があり、人間の高度な思考を機械で置き換えることは不可能だ。だが、人間の創造的思考と反復的思考は全く異なる。後者については機械的補助手段が存在するし、期待することができる。
タイプされた数字を読み取り、対応するキーを押す機械はすでに作られている。自動的に数字を読み取るメカニズムは単純化していくだろうし、未来の高度な電子計算機は現行速度の何百倍、いやそれ以上の速度で動作するだろう。電子式計算機は多様な業務で利用できるようになるに違いない。
4. 機械の計算能力を向上させるだけでは不十分だ
反復的思考というのは、計算や統計といったものに限られない。実際、定まった論理的手続きにしたがって事実を結びつけ記録する際には、思考の創造的側面はデータの選択やその処理方法にあるにすぎない。その後の操作は反復的なもので、機械に委ねるのが適切なのである。経済性が向上すれば計算処理以外の他の処理も機械化されるだろう。ビジネス上で隠れた需要を掘り起せば広大な市場も明らかに見込めるので、製造技術さえ進歩すれば即座に大量生産の電子式計算機が出現するだろう。
一方で、高度な分析を行う機械については、市場が限られているためこういった状況は整っていない。とはいえ、ユーザーが限られる関数方程式や積分方程式を解く機械が存在するように、科学者やごく少数の人々がまず手にするような高等な数字を扱う機械もいろいろ出現するだろう。
科学者は決まった規則にもとづく反復的な細かい変換作業以外のことに頭を使うべきだ。何よりもまず、高度な記号論理の扱いに長けており、とりわけ自分の用いる操作手順を選ぶ際に直感的判断を下すことができればいい。それ以外のことは機械に任せてしまえばいい。
5. 情報処理と検索こそが重要
われわれ人類が生み出すの記録は拡大し続けている。知識を利用する際の最初の行為は選択であるが、現在の記録量でも膨大な記録のなかから適切に参照することは不可能だ。しかし、選択に関しても機械が用いられている。決まった手順にしたがって順番に選び出す数撃ちゃ当るといった単純な選択処理から、特徴を選別して選択肢を絞って導く複雑な選択処理まで、既存の機械の進化によって処理速度は高速化するだろう。
また、一つの事象が起こるたびに複数の作業を必要とする場合、集中的な記録装置は役に立つ。集中記憶装置は必要な計算と記録を実行し、結果を出力する。記録するカードを小さくすれば場所を取ることはないし、記録を電子化し遠隔で出力すれば離れた場所からでも見ることができる。こういった可能性を考慮すると、高速選択法と遠隔選択法の組み合わせは非常に興味深い。
6. 元祖ハイパーテキスト・リンク「メメックス」とは
情報選択という問題の核心は、記録を入力するときに使う不規則で不自然な索引システムにある。いかなる種類のデータも、ABC順あるいは番号順に記憶装置に蓄積される。一つの事項を見つけたら、一旦システムからでて、新たな検索経路に入り直さなくてはならないのだ。
だが、人間の頭脳の連想をヒントに得て、以上の課題は解決することができるだろう。人間の脳は、一つの事項を把握すると、脳細胞の複雑で精妙な網膜上の経路にもとづく連想作用すなわちアナロジーによって、次の事項にただちに飛び移る。人間の頭脳のアナロジーから得られるアイデアは、索引にでなく、連想による選択を機械化するとに置き換えられるかもしれない。記録装置から再現される情報の永続性と明瞭性という点で、人間の頭脳に勝ることも可能なはずだ。
個人用の未来の装置を考えてみよう。これは一種の機械化された私的なファイルと蔵書システムである。「Memex (メメックス)」と呼ぼう。メメックスとは、個人が自分の本・記録・手紙などを蓄え、また、それらを手早く柔軟に検索できるように機械化された装置である。 メメックスは一つの机のようなものだ。おそらくは遠隔地から操作できるようになるだろうが、基本的には仕事場の什器の一つと言えるだろう。一番上部にななめの半透明なスクリーンがついていて、そこに資料が読みやすいように映し出される。キーボード、1組のボタンとレバーもある。それらを除けば、見た目は普通の机と遜色ない。
7. 索引の関連づけと検索の経路の作成
メメックスを実現する技術は従来から存在しており、ただ現在の装置や機械を未来に延長したものにすぎない。
アナロジー索引法の基本的アイデアは、どんな事項からからでも他の望む事項を、瞬時かつ自動的に選択できる、という点にある。重要なのは2つの事項を結びつける過程なのだ。
8. 情報ネットワークの形成と脳神経との接続の可能性
メメックスでは、連想による検索経路の網目が百科事典の中にあらかじめ準備されており、それをただちにメメックスに入れて拡張していくことができる。このように、人間が自らについての記録を生み出し、蓄え、検索する手段が科学によって実現できるのだ。
われわれが記録の内容を想像したり理解したりする際、あらゆる過程はいずれかの感覚器官を通じて行われる。この情報伝達手段はもっと直接的な経路を介して実行できるはずである。人体の中では、情報は伝達されるために神経回路のなかの電流変化に還元されている。ある電気的現象から別の電気的現象に変換するために、必ず機械的現象への変化を介在させなくてはならないだろうか?